BLOG作成・2006/10/2
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
他人を魅力的に感じたり、仲良くなる可能性があると判断するにはわずか0.5秒しかかからないという新たな研究結果が出たそうです。
人々は興味をそそられる顔を見ると0.5秒以内に注意を集中し、仲間かライバルかを判断する傾向があるということですが、結構瞬間的に判断しているものなんですね。
他には魅力的な顔は、規定の1秒が過ぎた後でも0.5秒長く凝視されることや、独身の人は異性に関心を持つ一方、決まった相手のいる人は、自分のパートナーの不貞を警戒し同姓に注意を向けるということです。
なかなか興味深いデータですね。
しかしながら、今こうしてインターネットでやりとりしている方との印象はどうなんでしょう。
少なくとも文章から印象を受け、人柄みたいなものを想像しますが、それはある意味では顔以上に曖昧で、判断材料にするにはあやふや、危ないかも知れないですね。
その人が本当にどんな人かは、意識すれば包み隠すことができるのが文章でもあるわけですから。
だから出会いサイトなどを使った犯罪に、まだまだ経験浅い未成年達が、感嘆に引っかかり、巻き込まれるのかも知れませんね。
私自身も騙しているというつもりは毛頭無いのですが、文章だけでどんな人間かを判断するのは危険かと思いますので、皆様お気をつけ下さい(!?)
人々は興味をそそられる顔を見ると0.5秒以内に注意を集中し、仲間かライバルかを判断する傾向があるということですが、結構瞬間的に判断しているものなんですね。
他には魅力的な顔は、規定の1秒が過ぎた後でも0.5秒長く凝視されることや、独身の人は異性に関心を持つ一方、決まった相手のいる人は、自分のパートナーの不貞を警戒し同姓に注意を向けるということです。
なかなか興味深いデータですね。
しかしながら、今こうしてインターネットでやりとりしている方との印象はどうなんでしょう。
少なくとも文章から印象を受け、人柄みたいなものを想像しますが、それはある意味では顔以上に曖昧で、判断材料にするにはあやふや、危ないかも知れないですね。
その人が本当にどんな人かは、意識すれば包み隠すことができるのが文章でもあるわけですから。
だから出会いサイトなどを使った犯罪に、まだまだ経験浅い未成年達が、感嘆に引っかかり、巻き込まれるのかも知れませんね。
私自身も騙しているというつもりは毛頭無いのですが、文章だけでどんな人間かを判断するのは危険かと思いますので、皆様お気をつけ下さい(!?)
PR
本日は頂いたものとショートストーリーを更新。
SSは、単独では初めてとなるディアミリです。
この2人なら、絶対こうなる!と思うその後が書けたとは思っています。
それが私の駄文で伝わったかどうかは別ですが・・・。
でもこれからも2人は喧嘩しながら、仲を深めていくんだろうなと思います。
短いですが今日はここまで!
SSは、単独では初めてとなるディアミリです。
この2人なら、絶対こうなる!と思うその後が書けたとは思っています。
それが私の駄文で伝わったかどうかは別ですが・・・。
でもこれからも2人は喧嘩しながら、仲を深めていくんだろうなと思います。
短いですが今日はここまで!
現在は最高2億円となっている『ジャンボ宝くじ』の1等賞金を、1億円以下に引き下げた方がいいと考えている人の割合は、約半数になると言う結果が出たそうです。
賞金額の引き下げを望む人の数は、引き上げを望む人の7,8倍にもなるとか。
どうやら一般心理には、一獲千金の魅力が減っても、当選本数を増やして、当たりの喜びを味わいたいという思いが広がっているようです。
また10枚に1枚の割合で数百円が当たる最低金額賞金も、同じ理由であった方が良いと思っている人は60%を超えるそうです。
手の届きそうに無い夢を求めるより、まだ可能性のある、確実性のある小さな堅実な夢を求める傾向が、現代人は強いのでしょうか。
ちなみに私は、一度も買ったことが無いんですけどね・・・。
あまり不確実なものには手を出さない、臆病な人間ということで。
賞金額の引き下げを望む人の数は、引き上げを望む人の7,8倍にもなるとか。
どうやら一般心理には、一獲千金の魅力が減っても、当選本数を増やして、当たりの喜びを味わいたいという思いが広がっているようです。
また10枚に1枚の割合で数百円が当たる最低金額賞金も、同じ理由であった方が良いと思っている人は60%を超えるそうです。
手の届きそうに無い夢を求めるより、まだ可能性のある、確実性のある小さな堅実な夢を求める傾向が、現代人は強いのでしょうか。
ちなみに私は、一度も買ったことが無いんですけどね・・・。
あまり不確実なものには手を出さない、臆病な人間ということで。
阪急などの一部私鉄では、全ての座席は優先座席だ、というコンセプトの元、優先座席を廃止して、譲り合いの運動をしてきました。
これは人の心にある善なるものに訴えかけた”性善説”に由来したものですが、残念ながら、その願いは届かなかったようです。
本来優先座席に譲られるべきお年よりの方から、譲られることがなくなったという苦情、意見の数が日に日に増しているとか。
そしてついに、一部の私鉄では優先座席が復活するということになりました。
残念なことです。
本来人が持っていた譲り合いの精神は一体どこへ行ってしまったのか。
優先座席でなければ席を譲れないのは、悲しいことだと思う私は変でしょうか。
この結果が意味するところは、人は本来善なるものではない、ということに他ならないのですが。
今ある法律はやはり、善なる人を守るためにあるのではなく、悪なる人を裁くためにあるのだと痛感しています。
悪いことをすると罰せられる。
だから悪いことをするな、という抑止力としての法律ですね。
根本にあるのは、どうやらそちらのようです。
だとすれば、裁判等で被害者の人権が守られないといった問題が出るのは当然なのかも知れません。
そもそも悪を裁き、罰し、成敗するための法律に、弱者を救うと言う特性を求めることは難しいからです。
2つはそうそう相成れるものではありませんから。
でもだからといって、それらをしょうがないですませることを、例え悪足掻きだとしても、私は拒否します。
人は学び、考え、変わることができる生き物なのですから。
悪いことは悪いと言う気持ちは捨てたくはありませんが、もう少し人という存在を、私はもっと善にもなれると過信したいです。
これは人の心にある善なるものに訴えかけた”性善説”に由来したものですが、残念ながら、その願いは届かなかったようです。
本来優先座席に譲られるべきお年よりの方から、譲られることがなくなったという苦情、意見の数が日に日に増しているとか。
そしてついに、一部の私鉄では優先座席が復活するということになりました。
残念なことです。
本来人が持っていた譲り合いの精神は一体どこへ行ってしまったのか。
優先座席でなければ席を譲れないのは、悲しいことだと思う私は変でしょうか。
この結果が意味するところは、人は本来善なるものではない、ということに他ならないのですが。
今ある法律はやはり、善なる人を守るためにあるのではなく、悪なる人を裁くためにあるのだと痛感しています。
悪いことをすると罰せられる。
だから悪いことをするな、という抑止力としての法律ですね。
根本にあるのは、どうやらそちらのようです。
だとすれば、裁判等で被害者の人権が守られないといった問題が出るのは当然なのかも知れません。
そもそも悪を裁き、罰し、成敗するための法律に、弱者を救うと言う特性を求めることは難しいからです。
2つはそうそう相成れるものではありませんから。
でもだからといって、それらをしょうがないですませることを、例え悪足掻きだとしても、私は拒否します。
人は学び、考え、変わることができる生き物なのですから。
悪いことは悪いと言う気持ちは捨てたくはありませんが、もう少し人という存在を、私はもっと善にもなれると過信したいです。
まだ7歳の女児が、自宅前で刺し殺されるという悲惨な事件が起こりました。
幼い子供が事件に巻き込まれるということは今に始まったことではないため、子供を持つ親御さんは色々と警戒もされていることと思いますが、自宅前で起こったこの事件を防ぐことは、非常に難しいですね。
男が刺したという情報もあるということですが、早く犯人は捕まって欲しいと思います。
またどこぞの銭湯では、水がかかったのかからないのでナイフで切りつけられるという事件も起きました。
過去には、小学生や中学生が持ち歩いていたナイフで同級生を刺すという事件もありました。
確かにナイフという道具は、物を切ったりするものですが、でも人を切りつけたり刺したりする使い方って、間違っている気がするのは私だけですか。
最近の子供はナイフを持ち歩いているということですが、普段の生活で一体何に使うのかと思ってしまいます。
ナイフは確かに人を傷付けることができる道具だからこそ、それを持つからには相応の責任がつきまとうということを理解しなければ、ならないと思います。
そうでなければ、ナイフを持つのも規制が必要、という声が出てくるかも知れません。
道具は正しく使ってこそ、道具として100%の力を発揮するものだと私は思っています。
そして、こんな事件を起こすために作られた道具はまずないはずです。
道具が危険なのではなく、それを使う人の心に危険が潜んでいることを理解し、しっかりと使い方を学ぶなり、制限するなりしないと、道具を使って進化をしてきた我々人は、その道具のためにいつか本当に滅んでしまいます・・・。
幼い子供が事件に巻き込まれるということは今に始まったことではないため、子供を持つ親御さんは色々と警戒もされていることと思いますが、自宅前で起こったこの事件を防ぐことは、非常に難しいですね。
男が刺したという情報もあるということですが、早く犯人は捕まって欲しいと思います。
またどこぞの銭湯では、水がかかったのかからないのでナイフで切りつけられるという事件も起きました。
過去には、小学生や中学生が持ち歩いていたナイフで同級生を刺すという事件もありました。
確かにナイフという道具は、物を切ったりするものですが、でも人を切りつけたり刺したりする使い方って、間違っている気がするのは私だけですか。
最近の子供はナイフを持ち歩いているということですが、普段の生活で一体何に使うのかと思ってしまいます。
ナイフは確かに人を傷付けることができる道具だからこそ、それを持つからには相応の責任がつきまとうということを理解しなければ、ならないと思います。
そうでなければ、ナイフを持つのも規制が必要、という声が出てくるかも知れません。
道具は正しく使ってこそ、道具として100%の力を発揮するものだと私は思っています。
そして、こんな事件を起こすために作られた道具はまずないはずです。
道具が危険なのではなく、それを使う人の心に危険が潜んでいることを理解し、しっかりと使い方を学ぶなり、制限するなりしないと、道具を使って進化をしてきた我々人は、その道具のためにいつか本当に滅んでしまいます・・・。